大学卒業後、就職した企業は一部上場企業で、その業界ではナンバーワンの企業でした。
就職活動時に自分の就職先に悩みに悩んで、思い切って決めた企業でした。
僕は理系の技術系でしたが、就活時に色々な葛藤があり、自分の大学での研究内容とは全く異なる業種でかつ営業職として企業に就職することを決めました。
周りからは絶対に向いていないと反対もされましたが、当時の自分はやっていける自信もありました。
たった就職3ヶ月での挫折
はじめの1ヵ月は東京で研修をし(会社が銀座の中心地にマンスリーマンションを借りてくれ、タダで住むという今では考えられないような好条件でした。)、その後福岡での本格的な勤務がはじまりました。
しかしながら、これから頑張るぞ!という強い意気込みはものの1ヵ月で崩れ去りました。
職場は完全な体育会系。毎日怒涛が飛び交っていました。
飲み会も多く、新入社員はお酒の席では飲食をすることをほとんど許されず、ただただ周りの状況を見ては、お酒注いだり、お皿を片づけたりする飲み会が続きました。
また、仕事内容についても、最初は飛び込み営業だ!という事で、毎日ビルの一番上のフロアから順番に1階まで営業をかけていくという生活を繰り返しました。(自分が勤めていた会社は営業の相手が一部上場企業だったので、そういった飛び込み営業をかけてもほとんど仕事につながるような事はありません。)
あげくの果ては、当時の次長に嫌われ(技術系で営業職に来ているのが気に入らなかったそうです)、毎日なんらかの嫌がらせをうけるというような状況も続きました。
自分の考えが甘かった事を痛感した瞬間でした。
「井の中の蛙」この言葉が当時の自分にはぴったりだったかもしれません。
とはいうものの、すぐに会社を辞められるわけもなく、しばらくの間はこれが社会人と我慢をして仕事を続けていました。
仕事を辞める決意をした衝撃の一言
そんなある日、夏休みを取得できる時期が来たので(名目上は5日間の夏休みをとることを定められていました。)、土日の休みに3日間をプラスし、5日間の休みをとることを上司に申し入れました。
係長は、実家も遠いことからとしぶしぶ了承してくれましたが、次長からは衝撃の一言をもらいました。
「帰ってきたら、お前の席はないと思えよ」
冗談ではなく本気のトーンでした。
後々聞いたところ、そんなに長い間休みを取る人は社員ではおらず、みんな長くて2日間程度との事。
基本的には土日も出勤することが多い会社だったので、2日間とれるだけでみんな満足そうでした。
この事実を聞いた後、真っ先に考えたのが、この会社で働いている限り旅行に行けない・・という事でした。
旅行に行けない事のショックがこれほど大きいとは自分でも思いませんでした。
そうしてその頃から毎日、「辞めたい、でも辞められない」の繰り返しでした。
500回以上は考えたと思います(笑)
それでもそんなに簡単には辞められるわけもなく、眠れない日々を過ごしました。
当時の自分は福岡には知り合いも全くおらず、会社以外でも知り合いをつくるチャンスがなかったため、ほとんど孤独な時間を過ごしていました。今の自分の状況を相談できる人もいませんでした。
なんとか気分転換をしようと近くの公園に出かけては、ベンチに座ってランニングをする人や遊ぶ子供たちを4時間以上もぼーっと見つめたりもしました。
当たり前ですが、そんな状況では何も変わるわけはありません。
その後も
「毎日胃がきりきりするくらい働かないとあかんぞ!」
「この会社でずっと働くには1回は鬱を乗り越えなあかんから、がんばれよ」
といった衝撃的な言葉をたくさん投げかけられ、とうとう辞めることを決意しました。
そこからは慎重に行動して、自分が辞めるまでの設計図を描きました。
辞めることは決まっていましたら、身近な先輩から固めていき、徐々に上へと伝えていきました。
最後、一番のトップである支店長に伝えたとき、
「今までお前を育てるのにどれだけお金がかかったと思っているんだ!そのお金を返せ!」
と言われました。
その言葉自体もとても衝撃でしたが、新入社員が辞めると支店長の評価が下がるらしく、それが支店長の怒りをかっていることも後々知りました。
もちろん今では新入社員に辞められることが会社にとって大きな痛手になることは十分理解できます。
自分を期待して雇ってくれた会社には申し訳なかったですし、そういう意味でも当時の自分は若かったなとも思います。
けれども、やっぱり辞めたことにはまったくの悔いはありません。
そして、自分の人生にとって旅行が重要なことを気づくこともできました。
今働いている会社は比較的休みが自由にとれます。
もちろんいつでも好きな時に長期間とれるといったことはありませんが、周りのメンバーと調整しながら、休みをとって、旅行に行く事ができています。
自分の人生はこれからも旅行中心にまわっていくような気がします。
いつまでも幸せな旅行をしていきたい。
そう思っています。